魂が震える読書~21世紀日本マンガBEST30 (1)
2015年、「このマンガがすごい」でレコメンドされたマンガは記録的な不作でした。と言って、昨年発表されたマンガがすべて不作であったというわけではなく、前年以前にすでにレコメンドされている連載作品等は省かれる傾向にあるので、新規の、発掘された作品が低調だった、ということです。
別記事でも述べていますが、こうした発掘紹介系のランキングのそもそもの問題点として、時事性の強い「問題作」や、業界裏話的なインサイダーからの興味や評価を得られそうな作品が上位になりがちな点です。
そういうランキングとして利用するには役に立つのですが、10年たって、20年たって、時代を越えてゆくような作品を選んでいるかと言えば、そうともいえないように思います。
ただ、そういうオールタイムベスト的な作品はそうしょっちゅう作られるものでもなくて、毎年あれだけのマンガ作品が書かれながら、年に一二作あればいいほう、三作もあれば大豊作でしたね、という感じです。
21世紀も今年で16年目ですか、過去、有識者によって「21世紀に残したいマンガ」は選ばれたことがあるのですが、21世紀に入ってからのオールタイムベストというようなものはあまりみかけたことがありません。
そういうわけで自分で上位30作品を選んでみました。
私は話題作、有名作はだいたい読んでいます。読み過ぎて内容がこんがらがっていることも結構あります。
その中から、30作品、これは誰が読んでも面白い、上質な読書体験になりますよ、というのを選んでみました。まあ、そうはいっても選者の主観を完全に排除できるわけでもなく、そうするつもりもありません。はなぶさはいい年をした大人なので、さすがに児童マンガはフォローしていませんし、いわゆる「少年誌」の作品が知名度に比してランクインが少ないのも、子供向けの作品が多いからです。
選出基準は、
・日本語で書かれたマンガであること。
・連載初回、もしくは単行本第1巻発行日が1995年1月以降の作品であること。
・内容量の7割以上が2001年1月以降に書かれた作品であること。
・初出が商業誌/新聞掲載作品、もしくは単行本であること。
としました。
男性部門/女性部門に分けようかと思いましたが、分け方が難しい作品も多々あり、結果的にほぼ半分ずつにもなったので、わけずにそのまま提示します。ネットマンガの中にも読むべき作品は多いのですが、ここでは除外しました。「ホリミヤ」とかは大好きなんですけどね。
先に総論を言えば、女性の書き手の活躍が著しい、ということです。女性が少年誌に作品を載せることはあっても男性が少女誌に載せる例は非常に稀です(魔夜峰央とか、大御所クラスにはいますけど)。
過去、少女マンガもまた手塚治虫やトキワ荘世代の男性作家によって興隆したことを踏まえれば、これは男性としては残念な現象です。
思うに、少女マンガは24年組以降、独自のテクニック的な進化を経ていて、それが少女マンガ文法に馴れていない男性が少女マンガを読みにくいと感じさせる一因だと考えることができますが、女性は少女マンガも読んで、少年マンガも読んでいますが、男性の書き手で少女マンガ教養が欠落している人は多いわけです。
少女マンガも読まない男性マンガ家には未来はない、と私は思いますが、引き出しが多い書き手の方が有利なのは自明のことです。ジャンプのマンガしか読まなくて、ジャンプのマンガのようなマンガを書こうと思っている男性マンガ家予備軍がもしいるとすれば、建材といえばコンクリートしか知らない建築家のようなものだと評するしかありません。
男性マンガ家予備軍の奮起を期待したいところです。
第30位
最強!都立あおい坂高校野球部 1 (少年サンデーコミックス)
- 作者: 田中モトユキ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/04/18
- メディア: コミック
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あら、これ第1巻の表紙が主人公のキタローじゃないんですね。
簡単に要約すれば、言っちゃっていいのかな、1年生が主力の公立高校野球部がその年の夏の甲子園大会で優勝する、というお話なんですけどね、現実にはあり得ない話ですよ。都立だったら、シード権がなければ12回か14回くらいは勝って勝って勝ち続けなければいけないんですから。
野球マンガというのは歴史的に言えば野球を知らない人たちが書いてきました。ゲームメイキング的に言えば荒唐無稽なお話が多いのですが、この作品はそちらに拠ったマンガですね。つまり伝統的な野球マンガに近いのですが、いかにそれを努力と根性と気合で、説得力を与えて、感動を与えるか、というのが書き手の技量なわけです。
と言いましてもね、今の時代、「巨人の星」が通用するはずもなく、しらけたことになりかねないんですが、シリアスな描線でありながら、マンガチックに思い切ってデフォルメした線が妙に説得力があるんですよね。
これは小学館漫画賞(少年部門)受賞作品です。燃えたい! スカッとしたいならオススメのマンガですね。
第29位
キス&ネバークライ
Kiss 2008~2011 講談社
小川彌生は「きみはペット」が代表作で出世作になるんでしょうが、作品としてはこちらの方が出来がいいです。
フィギュアスケート、男子女子共に日本は選手層が充実していますが、アイスダンスは歴史的に白人が上位を独占していて、これはその日本人アイスダンス選手の物語です。オリンピックのお話はこのブログでも別記事でとりあげていますが、フィギュアスケートは非常にお金がかかることもあって、スポンサーのオーナーシップがぬきんでて強い世界です。元有名女子フィギュア選手が、スポンサーでもあった有名財界人をセクシャルハラスメントで告発したこともありますが(これもSMAP騒動同様、二三の週刊誌以外は大手報道機関は「報道しない自由」を行使していらっしゃいましたが)、このマンガも、そうした重い要素をテーマとしてとりあげています。
これはそこからの絶望と希望、再生の物語です。キス&クライとはフィギュアスケートで滑り終わった選手が採点を待っている控えの場所がありますよね。あそこのことです。歓び(キス)と落胆(クライ)が映し出される所、という意味です。キスはしても、もう決して泣かない、題名の意味はそういうことです。
第28位
逃げるは恥だが役に立つ
Kiss 2012~連載中 講談社
改めて見れば、この作家はすごいペンネームですね。ペンネームなんでしょうけど。3.11のことを思えば恐れを知らないという感じもしますが、このマンガの内容もわりあいおそれを知らないです。
恋愛要素もありますが、このマンガのみどころはそこではなくて、「職業としての主婦業/ハウスマネジメント」というところにあります。
家事家計の管理運営を徹底してマネジメントとして捉えてみる、職業として見る、という点が面白いのであって、専業主婦業を結婚に付随する状態として捉えるのではなくて、むしろそうした部分を排除する、批判的に捉えるという視点があります。
「家事だって大変なのよ!」と主張する専業主婦も多いでしょうが、改めて職業として再構築することによって、否定的な意味ではなく事実提示としてどこがどう大変なのかを検証するというか、非常に男性的な視点で再構築されているわけです。
「共感」を求める鬼女(きじょ)の方々からはけっこう敵視されかねない内容です。
登場人物で専業主婦に否定的なモテ男くんがいるのですが、そうした彼がマネジメントとしての主婦業というものは職業的に肯定しているというのも、面白いところです。
第27位
ハイスコアガール(1) (ビッグガンガンコミックススーパー)
- 作者: 押切蓮介
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2012/02/25
- メディア: コミック
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月刊ヤングガンガン/増刊ヤングガンガン 2010~連載中(休載中) スクウェア・エニックス
どれくらいの時代を描いているのでしょうか、たぶん1980年生まれあたりの世代のお話なんですよね。コインを消費しなくても自宅のコンシューマ機でゲーセンと「同じ」格闘ゲームが出来る、というのが衝撃であり、それに対抗するようにしてアーケードの格闘ゲームも進化していった、そういう時代を背景にしています。
私はそんなにゲームセンターに入り浸るということはなかったんですけど、あの時代のアーケードの匂い、というものが伝わりますね。
このマンガの優れているところは、民俗的な資料価値があり、懐古趣味を刺激するところだけではなくて、少年と少女の成長物語としてきちんと成立している点ですね。
その状況を成立させるために、少女の側に、息も詰まるような徹底した管理がんされていて拘束されている、というリアリティという点ではどうなのかという設定を与えているのですが、その状況を受けてリアクションをする主人公の少年の言動が魅力的なので、物語として破綻はしていません。
この作品は作品内で著作物が「引用」されたSNKプレイモアが著作権侵害にあたるとして訴訟を起こし、この件は作者とスクウェア・エニックスの担当者ら計15人が刑事告訴されるにまで発展しました。管轄した大阪府警は関係者の起訴を求める意見書を検察に送付しています。
異様なほど大袈裟な話になってしまったのですが、その後、和解が成立し、告訴も取り下げられています。同じゲーム制作会社でもあるスクウェア・エニックスとしては痛恨のミスであったのは間違いありません。
再開に向けて準備が進められているよし、出来がいい作品なので、読者としては再開を心待ちにしています。
第26位
ホームドラマであり、日常物ではあるのですが、自伝エッセイでもあり、子育て物でもあり、それらすべてを抱合して、西原理恵子の人生を描いているマンガです。
西原理恵子は薬師丸ひろ子と同学年なのですよ。私が書いた薬師丸ひろ子論も参照していただきたいのですが、女子生徒が男子生徒を「キミ」と呼ぶようなニュートラルな雰囲気、ジュヴナイルな洗練と無機質感が東京にあの時代にはあったのだとすれば、それはおそらく都心三区を切りだしたゲットー的なユートピアであったのですね。
土佐の高知では、なんだか同級生の女の子たちは貧乏に呑み込まれ、笑いながら笑いあった先にばくちでどうにもならなくなって男たちが首をくくるのは、そんなに珍しくないという、そういうところから出てきた西原は「貧乏は嫌だ貧乏は嫌だ」という戦後の欠食児童のような怨念から世界観を組み立てています。
夫の鴨志田穣とは東南アジアスピリチュアルの旅などでも仕事を一緒にしているのですが、「物質なんかより心が大事よ」なんていう先進国にありがちな予定調和の結論には陥らないところがこの人の真骨頂です。
長い作品ですから、山あり谷ありなのですが、この作品が傑作になっているのはやはり鴨志田の病気とその死について描いている部分があればこそですね。
第25位
イーストプレス 2005
奇しくも現代マンガ界二大アル中マンガが並ぶことになったのですが、このマンガはすさまじく衝撃的でしたよ。
吾妻ひでおが浮浪者として警察に取り調べを受けた時、オタクの刑事がいて、「先生ほどのお方が、なぜ?」と絞り出すように声を出しながらむせび泣いた、というエピソードが大笑いしながらも妙に胸に迫りました。
彼はオタクカルチャー界のピカソですよ。国宝ですよ。
その彼が失踪に至ったのは単に、経済的な問題から、ではないようですが、その転落ぶりは衝撃的です。
そしてこの本がマンガとして優れているのは、「なんとあの吾妻ひでおがっ!!!」というだけではない、ホームレス生活やアル中の実態本と、もしあなたがホームレスになったら参考になりそうなトリビア話がつまっているところです。
西原理恵子もそうなんですが、悲惨な話は悲惨な絵柄では読めない、彼らの画風だから書ける、エンタイテイメントとして成立するのです。
第24位
SKET DANCE モノクロ版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 篠原健太
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/09/28
- メディア: Kindle版
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篠原健太は表現力に富んでいるという意味で絵が上手い書き手ですね。初回第一回からすでに絵が完成されていますが、連載開始時点で33歳というある程度中堅としての実力をお持ちであれば当然のことなのでしょう。
ギャグパートでは常に大爆笑しました。ギャグが上質で洗練されていてセンスがある、ジャンプ連載陣の中でもピカイチだと思います。その割にはこの作品の評価はそれに見合ったほどは世評では高くないようです。
いやもちろん、コミックスも売れていますし、アニメ化もされています。普通で言えば大成功ではあるんですが、この作品の評価としてはみあわないほど低い、そう感じています。
このマンガはギャグマンガでありながら、貫くストーリーとしてはシリアスな流れがあって、たとえば主人公の出生の秘密とか、部員たちの過去とか、けっこうきりきりくる話も多かったのです。
もっと言えば、今や週刊少年ジャンプの読者の中で女性が占める割合は無視できないのですが、はっきり言えばあからさまにBLカップリングを狙った人間関係構成など、従来型の少年マンガの読者層の感情的な不評を招く要素があったのは否めません(しかし腐女子の方々も天邪鬼で、このマンガはBLとしてはそう活用されていないようなのですが)。
そう言う要素もあって、この作品は「不当に評価が低い」と私が思っているマンガ作品のひとつです。ドラクエ風RPGパートのお話は是非続きを読みたいものです。
第23位
花よりも花の如く 1 【電子限定特別編集版】 (花とゆめコミックス)
- 作者: 成田美名子
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2015/04/28
- メディア: Kindle版
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月刊メロディ 2001~連載中 白泉社
23位に選んでおいていきなりディスから入るのもなんなのですが、成田美名子という作家を私は素直には評価できないんです。面白いし、感動もある、絵もスタイリッシュだ、少女マンガ界の大御所ですよ。何が気に入らないのかと言えば、どうもこの人の世界観に齟齬があるというか、認知の歪みがあるのではないか、そう思うことが多々あるのです。
Aという行動が引き起こされたのはBという原因がある、というプロットはいいのですが、この人の場合いつもいつも、Bなる原因が、「そんなこと?!」となることが多く、Aを踏まえての行動Cが「どうしてそうなるの?!」となることが非常に多いのです。
この人の初期の出世作「エイリアン通り」で言えば、ヒロインの翼は父親のアメリカ赴任について渡米して、その後、家出したところを主人公に保護されるのですが、家出の理由が「英語も分からずアメリカになじめなかったから」なんです。おかしいでしょ? それで日本に帰る、というなら分かりますが、英語も分からなくてアメリカに馴染めない人が、アメリカで家出をしてどうなるんだっていう話です。
この人の作品にはこういう齟齬が必ずひとつふたつあります。それで読者が許しているところがこの人の偉大なところです。欠点がすべてプラスになっている。思うに、この人は他人の感情や論理に疎いところがあります。登場人物も、その感情も書き割り的です。しかしそのことがかえって、作品の舞台や背景を浮かび上がらせるのに都合がよくなっています。佐々木倫子に似ていますが、佐々木倫子にとっての「獣医学部」「看護師」「地方放送局」が成田にとっては「海外」であったわけで、今回は「能楽業界」にそれを置いている分、業界物として面白いわけです。
第22位
羅川真理茂
羅川真理茂といえば小学館漫画賞を受賞した「赤ちゃんと僕」なのですが、当時から骨太というか、リアリズム寄りの表現が(少女マンガとしては)目立つ書き手でした。小学校五年生か六年生ですか、その「僕」が母親が死んだことによって赤ちゃんの弟の面倒を見るという話ですが、いいねいいねがんばってるね、とはならない。赤ちゃんが夜泣きをすれば面倒を見ているのが子供であっても、毎日のことならばご近所さんにとっては「なんとかならないんでしょうか」となってしまうんです。
そういうこともきちんと描いている。「ニューヨーク・ニューヨーク」では男性同性愛者の社会的差別の現実を、BL物という言葉では収まらない、ハードな現実を描いています。そうした手法から「少年誌や青年誌向きの人だな」とは思っていたのですが「ましろのおと」では月刊少年マガジンに掲載誌を移していますね。
「しゃにむにGO」は9年間という長期連載になったのですが、テニスが題材ですが、テニスそのものは素材に過ぎないです。面白いのは主人公の伊出延久には「何もない」んですね。家庭環境も円満で明るく太陽のような少年です。少年マンガならばともかく、少女マンガでは主人公にはなりにくい。
その分彼の周囲の人たち、テニス部のマネージャーでヒロインや、男子ペアの選手、ライバル選手らがどろどろしたものを抱えている。これはそうした人たちが主人公と言うエスペランサ(希望)に触れて救済されてゆく物語なんですね。
第21位
島本和彦はマンガ界のレガシーですが、作風的に賞とか、こういうランキングの対象にはなりにくくて、基本的に自分語りが大好きな島本の資質と、たまたま大学の同級生に庵野秀明がいたという幸福な偶然によって、奇跡的に「形になった」、そういう自伝的作品です。
島本先生、小学館漫画賞受賞おめでとうございます。
1982年頃ですか、松本零士の作品群も一区切りついて、高橋留美子やあだち充が出てきて、日本のサブカル本流が決壊して洪水となり、拡大再生産してゆく、そう言う時代を描いていますね。
アニメ界で言えば、宮崎駿や富野由悠季の世代にはまだこういう作品はないのに、庵野世代はもう「アオイホノオ」で持ってしまった、そういう作品でもあります。
梅雨が明けて、7月にかけて今年の夏は暑いなあと思っていたら、8月になってかんかん照りになった、これはその8月を描いているマンガです。アイドル論を私は書いていますが、今から過去を振り返れば、あの時代がまさしく日本の絶頂期であったわけです。
描いているのが島本和彦だから高度な洗練されたギャグになっていますが、その批評眼、分析眼というのは凄まじいですよ。
マンガ家やクリエイターの予備軍の中には世間知らずの人がいて、マンガのこと以外なにも知らない、マンガのこともただ楽しんでいるだけで分析批評が出来ていない、そう言う人がゴマンといますが、そう言う人が大成しないとまでは言わないまでも、非常に成功しにくいのは確かです。
他の仕事でもそうですが、全体に位置づけて考えながら仕事をしている人と、目の前のことをこなしているだけの人では、経験値が大きく違ってきます。
そしてこの作品の中でも主人公も驚いていますが、まったく考えていない人、というのは驚くほど多いのです。
島本先生、手の内を明かしてライバルを増やしちゃっていいんですか、と言いたくなるくらい、HOWTO本的な意味ではこの作品は非常に親切です。予備軍は読んでおくべきでしょう。そしてただ作品として消費してしまったならば、自分の書き手としての資質を疑うべきです。
今回はここまで。
次回は10日後か2週間後あたりになります。