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ありのままに生きる松たか子

木村拓哉主演の「HERO」、視聴率も好調なようですが、やっぱり松たか子がいないのはちょっと残念ですね。スポーツ紙によれば、松たか子は、妊活のため仕事を絞っているということですが、今クールでは田村正和と共演する「おやじの背中」で主演するので、主演作を優先させた、ということでしょうか。

さて、松たか子ですが、吹き替えと劇中歌の歌唱を務めたディズニー映画「アナと雪の女王」の大ヒットで、何度目かのブレイクを迎えていて仕事に関しては絶好調のようです。

現代の女優のキャリアとして松たか子ほど理想的な歩みを進んできた人は他にいません。当人の才能と努力ももちろんあってのことですが、環境に恵まれていたのも確かです。

絶対女優、松たか子の何が優れているのか、その歩みを見てみましょう。

 

松たか子は1977年、当代の松本幸四郎の次女として生まれています。兄に市川染五郎、姉に松本紀保がいます。

松たか子が生まれた歌舞伎の名門・高麗屋は、兄の染五郎が市川姓を名乗っていることからも分かるように、広い意味で成田屋一門になります。高麗屋、つまり松本幸四郎家は市川宗家の筆頭分家格の家柄で、例えるならば徳川幕府における尾張藩のような位置づけになります。

市川宗家が事情があって断絶すれば高麗屋市川宗家に人を送り、團十郎を襲名させる、そういうことが過去に何度か起きています。

現在の高麗屋の家祖は当代の幸四郎にとっては直系の祖父にあたる七代目・松本幸四郎で、この人はもともと梨園の出身ではなく、歌舞伎界の門閥制度を嫌っていました。明治なって歌舞伎を近代化させた功労者である九代目・市川團十郎の筆頭弟子になりました。歌舞伎界で九代目とただ言えばこの九代目・團十郎を指すほど歌舞伎界に貢献があった人です。

この九代目の口利きで、たまたま絶家となっていた松本幸四郎家を継ぐことになり、何の因果か、歌舞伎界の門閥を嫌っていた七代目・幸四郎ですが、自らが大門閥を作り上げることになります。

七代目・幸四郎には息子が三人いたのですが、長男は市川宗家に養子入りし、十一代目・市川團十郎になっています(現在の市川海老蔵の祖父にあたります)。次男が高麗屋を継ぎ、八代目・松本幸四郎(後に隠居名として初代・松本白鸚)となります。三男は音羽屋、六代目・尾上菊五郎に弟子入りし、二代目・尾上松緑を名乗ります(大河ドラマ葵徳川三代」で徳川家光を演じた尾上辰之助、現在の四代目・尾上松緑はこの人の孫にあたります)。

これだけでも市川宗家から音羽屋にまたがる大権閥なのですが、当代の松本幸四郎の母が初代・中村吉右衛門(歌舞伎界中興の祖と言われる人です)の娘であったことから、当代・幸四郎の実弟は、時代劇「鬼平犯科帳」主演で知られる人間国宝、二代目・中村吉右衛門であり、歌舞伎界もうひとつの権閥、播磨屋一門につながっています(萬屋一門や中村屋一門は、初代・吉右衛門の弟筋にあたります)。

ただし高麗屋は、政治的な動きが結果的には得意ではなかったと言え、松本幸四郎がテレビやミュージカルに活躍しているように、新しいことに率先して取り組む家風があり、松竹傘下の現在の歌舞伎体制に必ずしも与しない、他社と契約するなど、市川宗家を含めて、高麗屋は政治的には傍流の道を歩んできました。

戦後、松竹体制下の歌舞伎界を政治的に掌握したのは、女帝と言われた六代目・中村歌右衛門で、彼と十一代目・團十郎の対立は語り草になっています。

六代目・中村歌右衛門成駒屋はもともとは成田屋の弟子筋で、東西に分かれ、一時はその代表名の中村福助は東京と大阪で別人が襲名しているというようなこともありました。大阪の成駒屋の当主格が三代目・中村鴈治郎(女優、中村玉緒の兄。元参議院議長・扇千景の夫)で、東西の成駒屋の対立は、上方歌舞伎の大名跡、坂田藤十郎鴈治郎が名乗ることで決着したようです。名跡・中村福助は結局、東京の成駒屋のものとなりましたから、六代目・中村歌右衛門の政治力の勝利です。

九代目・中村福助(七代目・中村歌右衛門を襲名予定)や三代目・中村橋之助大河ドラマ毛利元就」主演)らは女帝・中村右衛門の甥にあたります。

さて、六代目・中村歌右衛門は芸事にも厳しく、政治的にも統制が厳しい人でした。当代の坂東玉三郎は、女形トップの座を巡って六代目・中村歌右衛門と争う立場にあったので、長らく歌舞伎座では良い役を貰えませんでした。玉三郎が「赦された」のは女帝が晩年になってのことです。

当代・幸四郎は、十二代目・市川團十郎の従兄弟になりますので、人脈的には市川宗家に近いことになります。十一代目・團十郎とは激しい確執のあった女帝・歌右衛門ですから、家同士の関係では、高麗屋と女帝の間にはやや距離がありました。

松たか子がテレビドラマでは初めて主演したNHKドラマ「藏」(宮尾登美子原作、最初は衛星放送で放映されました)を視て、最晩年の女帝・歌右衛門幸四郎松たか子に激賞の電話をかけてきたことが忘れられぬエピソードとして、父娘対談では語られています。

ただ単に、そのドラマでの演技が良かったというだけではなく、その傑出した才能を歌右衛門は見出し、梨園が生んだ最高の女優になると太鼓判を押したのでした。

最晩年の頃の女帝は人生をまとめにかかっていて、長らく敵対関係にあった玉三郎とも和解して、自ら稽古をつけて、後進に梨園の将来を託すなど、若手の育成に力を尽くしていました。

芸事にはとにかく厳しい人で手放しで褒めるということはしなかったようですが、松たか子の才能にだけはとことん惚れたようです。

 

実際、今、見直しても、「藏」での松たか子の演技は、どこをどうとっても完璧です。天才と言う言葉はこの人のためにあるようなものです。

自伝小説、歴史小説を含む伝記小説が多い宮尾登美子ですが、「藏」は1992年から翌年まで毎日新聞に連載されたオリジナル長編小説で、明治大正から昭和にかけて、新潟県に生きた盲目の女性、烈とその家族をめぐる物語です。連載当初から大反響を呼び、連載終了後、舞台化、映画化、そしてテレビドラマ化されています。

映画では烈役に内定していた宮沢りえの降板騒動などがありましたが、宮沢りえが出演していたならばともかく、していない映画版は実際のところ、テレビドラマ版に比較して数段、役者の技量も完成度も落ちます。

テレビドラマ版では、烈を松たか子が、烈の叔母の佐穂を檀ふみが、烈の父の意造を鹿賀丈史が演じました。完璧な配役です。

盲目でありながら誇りだかく気が強い烈を、松たか子は完璧に演じました。父の後妻のせきを下女扱いして辛くあたる場面など、普通は烈が敵役になってしまうところですが、烈の一本筋の通った苛烈さと気高さを感じさせる、そういう難しい演技を松たか子は難なくこなしています。

このドラマでは檀ふみの演技も素晴らしいのですが、伝説となったこのテレビドラマを振り返って、檀ふみもまた松たか子を激賞しています。

私はこのテレビドラマが日本テレビドラマ史上、最高傑作の一つだと思うのですが、デビュー直後の松たか子にこの大きなチャンスが与えられた、彼女はそれに応えて、作品を傑作にまで高めることで返したのですが、そのチャンスを与えられたのはやはり高麗屋の人脈を無視することはできないでしょう。

 

彼女の芸能作品は十六歳で出演した歌舞伎座での時代劇公演ということになっていますが、実際には幼女の頃、歌舞伎の舞台に出ています。歌舞伎は女人厳禁なのですが、幼児の頃は男も女もないということで、梨園に生まれた女の子も駆り出されることはよくあります。

松本幸四郎家は会話はさかんなのですが、話すことは演技のことばかりということで、そういう家に生まれて、なおかつあらかじめ女であるために歌舞伎役者にはなれないというのはどういうことでしょうか。

演技に興味がないならばそれでおしまいなのでしょうが、演技に興味があるならば、でも自分は歌舞伎役者にはなれないのだともんもんとすることになるでしょう。松たか子のように、もし男であれば当代一の歌舞伎役者になっていたであろう人ならばなおさらです。

梨園の娘で女優になりたい者は新派劇に出るというルートがあります。新派の大看板、初代水谷八重子が歌舞伎役者の十四代目・守田勘彌との間に娘である二代目・水谷八重子をもうけたのが縁で、新派劇は松竹の傘下に入り、歌舞伎役者たちの団体である日本俳優協会(現会長は坂田藤十郎)には新派役者も加わっています。波乃久里子大河ドラマ葵徳川三代」では淀殿の妹でおごうの姉、常高院を演じました)は現在の新派を代表する女優ですが、彼女は2012年に亡くなった十八代目・中村勘三郎の姉にあたります。

松たか子も「無名時代」に新派劇に幾つか出演していますから、女優になる気まんまんだったというわけです。

1994年に放送された大河ドラマ花の乱」は視聴率は伸び悩みました(2013年に「平清盛」がワースト記録を更新するまで歴代最低でした)。応仁の乱というややこしい時代を取り扱ったのが「敗因」のひとつですが、玄人筋には評判がいい作品です。細川勝元を演じた野村萬斎、クールな悪役・日野勝光を演じた草刈正雄、坊主をやらせたら当代一とも言われる一休を演じた奥田瑛二らの演技が特に評判を呼びましたが、歌舞伎界からも多数の役者が出演しています。

足利義政役が十二代目・市川團十郎、その息子、当時は市川新之助を名乗っていた当代の海老蔵足利義政の子役時代を演じています。当代の松本幸四郎酒呑童子役で、山名宗全を演じたのが萬屋錦之介(当代の中村獅童の伯父にあたります)でした。

テレビドラマ初出演作となるこの作品で、松たか子は主役である日野富子の少女時代を演じました(本役は三田佳子)。三田佳子は、大河ドラマは二度目の主演になります。

子役扱いとはいえ、テレビドラマの初役が大河の主演なのですから、松たか子は非常に恵まれたスタートを切ったことになります。この抜擢には高麗屋の後押しがあったと見るのが当然でしょう。

花の乱」は日野富子は実は真の日野富子の身代わりとされた女性という設定で、真の日野富子である森侍者(檀ふみが演じました)が水のような透き通った心の持ち主であるとすれば、入れ替わった日野富子は火のような激しい気性の女性として描かれていて、松たか子が演じるのは、しばらく激しい性格の女性の役が続きます。

その次の作品が「藏」であり、文芸大作というか女優として名刺代わりになるような作品に早くに出会えたのは非常に幸運であって、例えば地方の出の、芸能に何もかかわりのない家の娘が女優になったとして早々にそうした役に恵まれるかと言えばなかなか難しいわけで、高麗屋の看板故に松たか子が恵まれていたのも事実です。

ただし彼女はそのチャンスを活かしきりました。単に合格点をとったというだけではなく、他の誰にも彼女のような演技は出来ないと自らの演技力で嫉妬ややっかみの声を封じ切ったのです。

NHKはこの後、好評につき、宮尾登美子作品の自伝的ドラマを次々にテレビドラマ化し、宮尾登美子の激賞もあって、「春燈」、「櫂」と松たか子は主演しています。特に「春燈」は、「藏」と並ぶ傑作です。機会があればぜひご覧になられることをおすすめします。

松たか子民法のドラマでも視聴率が稼げる女優としてのキャリアを築き、「ロングヴァケーション」「ラブジェネレーション」「HERO」では木村拓哉との共演で非NHK層にも食い込みました。

文芸色の強い作品で玄人筋からも絶賛され、なおかつ商業的な作品でも成功するという、理想的なキャリアを築いたのです。

ここまで順調に行った女優はそうはいませんね。

1996年には大ヒットとなった大河ドラマ「秀吉」に淀殿役で出演しました。気は強いけれども、浅井、織田、そして柴田勝家の養女と敗残の系譜に連なる立場は弱い女性という複雑な陰影のある役を演じて好評でした。

歴代の淀殿役者では、宮沢りえと並んで随一だと思います(宮沢りえ淀殿役で出演した作品は脚本があんまりの出来だったので、彼女は損をしていると思いますが)。

その年の紅白歌合戦では紅組司会者に抜擢され、三冠王沢村賞を同時にとったような、前例のないような成功を収めました。

「藏」の烈役から一直線に並んでいるような、激しくも気高い娘役で、松たか子は天下をとったわけですが、娘と言う年齢でもなくなってくるこれからが、新しい挑戦になるのだろうと思います。

彼女にはシンガーとしてのキャリアがあり、そちらの評価もかなり高いものがあります。とはいえ世間的にはやはり、まずは女優、という印象があるのですが、夫がミュージシャンであるように、音楽方面のキャリアは本人としては大きなウェイトを占めているのかもしれません。

その意味では、「アナと雪の女王」のヒットは、シンガーとしての松たか子の実力を世間に知らしめる好機となりました。ここからまた彼女は新しい松たか子を見せてくれるのでしょう。